〈スタッフインタビュー〉永森昌志

合同会社HAPON/共同経営者/クリエイティブディレクター

Q.HAPONを立ち上げようと思ったきっかけは?

もともと代表の栗原とは友達でした。彼を含めた3人で千葉の外房に家を借りて、シェアセカンドハウスとして使っていたんです。

結局栗原は1年くらいで出てしまったんですけど、その1年後くらいに「新宿でシェアオフィスをやろうと思っている」と誘いを受けました。当時はシェアオフィスというもののイメージが全くなくて、とりあえず物件があるから見に行こうと。そこで引き合わされたのが、同じく立ち上げメンバーの手銭さんと大平くんでした。

その頃は日本でシェアオフィスをやっている人たちも本当に少なくて。僕たちもシェアオフィスに対するリテラシーを深めるところからのスタートでした。想像と場当たりの掛け算で進めていくしかありませんでしたね。

 

Q.HAPONのこだわりポイントは

「面白い」という感覚を入れ込むようにしました。たとえばブースに「タイガ」「チグリス」という名前をつけるとか。愛着をもってもらえるような「遊び」を、ちょっとしたところから覗かせるようにしましたね。

HAPONのビジュアルとか内装は、立ち上げメンバーの手銭さんが注力してくれた「上品さ」がベースになっているんですよね。ロゴも品格のある素敵なもので。だからこそ、ちょっとした引っかかりが生きる。

それでいうとHAPONは一見バラバラな4人で始めたからこそ、どこにも偏らず丁度いいバランスで成り立っている。完成されすぎてもいない居心地のいい空間を作れていると思います。

Q.HAPONにどんな場所になってほしいですか?

正直、作っている間は完成させることに一生懸命で、あまりその後のことは意識していませんでしたね(笑)仲間と何かを作り上げるという学園祭感があったんです。だからオープン当初は本当に大変だった。

でも一応、イメージはそれぞれ持っていたと思います。それでいうと、僕は当時すでに南房総に住み始めていて、「地方」という存在を実感していた頃でした。震災があり、皆が東京に求める価値が「日本の中心」というものではなくなっていく中で、

そんな時代の中で「新宿」にシェアオフィスを作るという意味を考えた時に、僕はHAPONに「HUB」になってほしかったんですよね。でもHUBというのは、「ここがHUBです」というだけでは何の意味もない。だから、どうすれば「HUB」としての機能を備えられるのだろうと考えながら動いていました。それは今の「南房総2拠点サロン」をやっている理由の一つでもあります。

 

Q.永森さんの推し地方はどこですか?

実はHAPONを作るときに、日本全国を一周しました。

その時の経験からいうと、観光地として有名な場所よりも、一見地味な県の方が行ってみると面白いんですよね。余裕があるというか、アピールする必要がないのかなと思います。

(編集:多保田)