HAPON人インタビュー:Epiphany Works (2) 地方、伝統、置き去りにされていたものの中に可能性がある

HAPONで働く人を紹介する「HAPON人インタビュー」、気鋭のプロデューサーズ・カンパニー、Epiphany Works。

前回の『HAPON人インタビュー』では、現代アートから脳科学・宇宙に関するイベントまで、Epiphany Worksが領域横断的にプロデュースするに至ったその歩みと動機についてお伺いしましたが、実は近年のEpiphany Worksは、富山県の地域振興プロジェクトにも参画を始めています。
例えば、能登半島の付け根の町、氷見市。山と海の恵みにあふれたこの町を新鮮な切り口で巡るツアーを開催。また、そのお隣りの高岡市に江戸時代から伝わる銅器や漆器製品のプロモーションにも携わっています。

『HAPON人インタビュー』、第2回目は、Epiphany Worksがアート・思想の領域から地域振興へと活動の場を更に広げた、その理由と、プロジェクトの軌跡についてお伺いして行きます。

2013年2月8日、HAPON新宿にてインタビュー



HAPON人インタビュー:Epiphany Works(2)
『地方、伝統、置き去りにされていたものの中に可能性がある』

HAPON(以下、H):林口さんは富山出身でいらっしゃいますよね。氷見や高岡でのプロジェクトは、やはりご自身の故郷という縁で始まったのでしょうか?

林口:はい。実は、私の中で数年前からもやもやしていたものが、一昨年の震災で顕在化したように思います。高岡は、私が高校まで育った町。氷見の里山には、牧場と畑を経営していた祖父の家がありました。子どもの頃の私はしょっちゅう祖父の所へ遊びに行って、畑仕事をする姿や牛たちを眺めながら日がな一日過ごして‥それが私の原風景なんですよね。

ところが一昨年、氷見へ行ってみると、その里山が荒れていました。大分前に祖父が亡くなり、管理する人がいなくなったので当然のことなのですが、いつでもそこにあると思っていたものがなくなってしまったことに大きなショックを受けました。そしてその時、失われて行くのは里山だけではない。放っておけばもっともっと様々な物事が、故郷から消えてしまうと実感したんです。


富山県関連のカタログ/リーフレットを交えて


H:一昨年、東北関東大震災が起こった時に、特にそれを強く実感されたということでしょうか?

林口:はい。それまでの私は、「時代が変わって行く中で、消えて行くものがあるのは仕方がない」と考えていました。でも、地震であれだけ多くの物事が失われるのを見て、私の命だって、富山だって、明日どうなるのか分からない。そう痛切に感じたんですね。そして富山では、祖父の牧場のように、これまでにももう大分失われてしまったものがあった訳です。

でも一方で、かろうじて残っているものもある。綿々と続いて来たそれらのものを見つめ返した時、そこには、未来へ伝えて行く価値あるものがまだまだたくさん残っていると感じました。そして同時に――少し大きな話になりますが――それを伝え残して行くことが、震災前から多くの人がぼんやりと違和感をおぼえていたこと――グローバリゼーションや自由主義経済の価値観からの変換につながるんじゃないか?そんな可能性を感じたんです。もちろん、私のこの考えが絶対的に正しい訳ではないかも知れませんが、少なくとも今の私は、それらの資源を残したいと思っています。


林口さんが理事として企画運営に関わった、富山県氷見市のアートNPOヒミングによる「海と山を巡るツアー」


H:富山に残るもののどんな部分に、林口さんは可能性を感じたのでしょう?

林口:富山は今でも“他力”を掲げる浄土真宗の影響が強く残る土地柄で、「おかげさま」「ありがたい」という言葉をしょっちゅう口にするんですね。毎日食事の前に仏壇にご飯を備えるのは実家では普通のことですし、また、柳宗悦は、富山の精神を表すのに“土(ど)徳(とく)”という言葉を新しく創造しています。土地に存在するもの、土地から生まれるものに、感謝して生きる・生かされている。富山のそういう精神をよく表している言葉だと思います。例えば、私がお手伝いを始めた高岡の銅器。この製造過程は全て分業なんですね。

H:鉄器や銅器で完全分業体制というのは、全国的に見ても珍しいことですよね?

林口:はい。鋳型を作る人、銅を流して固める人、模様をつける人‥それぞれ全く別の職人が担当して、一つのプロダクトが出来上がる。誰かの「おかげで」一つのものが完成する。このあり方に、まさに富山の精神が表れていると思うんです。実際、職人たちがみんな、すごく仲がいいんですよ。

私は、こういう創造のあり方は、伝統的なものではあるけれど、実は新しいと感じます。実際、棟方志功が何年か富山に暮らしたことがあるのですが、その間にがらっと作風も創作態度も変わるんですね。それまでは「我が、我が」と自分をむき出しにした作品を作っていた棟方が、浄土真宗の他力の信仰に触れたことで、「自分を超えた大きな力に作らせてもらっている」、そういう心持ちに変わって行く。それが彼の作品に深みを与えたと、柳宗悦も評価を与えています。富山の豊かな自然と、土徳の精神風土。そこから生み出されるものは、これからの日本にとっても大切なものなのではないか、そんな風に感じています。


高岡市内の鋳物工房にて


H:なるほど。それは確かに非常に深く大きな可能性を秘めていますね。そして、もちろん、これまで現代アートに携わって来た林口さんの審美眼を通過したのですから、高岡のプロダクトにはものとしての美しさも備わっている訳ですよね?

林口:高岡の銅器産業では、生産高の6割を今も仏具が占めています。具体的には、仏壇の中に置く燭台や、ちーんと鳴らすおりんなどですが、現代では仏具の需要は年々減り続けているんですね。これではいけないということで、高岡の職人たちはプロダクトデザイナーと新たな共同作業を始めました。花瓶や食器、アクセサリー、意外なところでは銅の殺菌作用を利用した消臭靴べらなど、現代のライフスタイルに寄り添いつつ、デザイン的にも優れたプロダクトを次々と産み出しています。

それと同時に、実は今、私自身が一番可能性を感じているのは、現代に寄せ過ぎていないデザインなんですよね。例えば仏具の燭台。この形は本当に洗練されていて美しいと思います。これをそのままモダンインテリアの中に置いて使う。ものによっては、ほんの少しだけ細部をいじって、現代生活の中で使いやすいようにしてあげる。伝統の技を引き継いでゆくために、革新に取り組むことと、普遍的なよいものを活かしてゆくこと。両方をバランスよく進めて行けると良いのではないかと思います。


これがその燭台。曲線のフォルムが美しい


H:林口さんにお会いする前、映像、音楽、美術、科学‥そして地方?と、正直脈絡が見えなかったのですが、お話を伺って、全てが一本の糸でつながっていると理解出来ました。20代の頃、ロンドンで、人々の常識を揺り動かす存在として現代アートに触発された。その時と同じ思いで、今、滅びゆくものとして見捨てられかけている地方の伝統産業の中に、これまでの常識を変える力があると見ている訳ですよね。それをまた“現代の東方三博士”として人々に伝える、epiphanyしようとしている‥

林口:はい。そしてもう一点だけ。私が富山の職人たちに共感するのは、彼らが「あきらめていない」からなんですよね。先祖から受け継いだ優れた技術を使って、新しいことに挑戦して行こうとしている、その心意気。そこに、私がこれまで東京でつちかって来た人脈や宣伝のノウハウが役立つかも知れない。そうして行きたい!これまで音楽家、写真家、映像作家‥アーティストたちをプロデュースして来たのと全く同じことを、“富山”という大きなものに対して行っているんです。


(左)高岡の様々な銅製仏具 (右)銅像制作も盛んに行われている



こうして富山に深く関わり始めた林口さんは、富山にも拠点を置き、東京―富山、二つの地域を行き来しながら働くことを決断します。その思いは、今年・2013年、地元富山大学教授や地元企業人とともに設立した“一般社団法人CREP4(クレップフォー)”に結実。産・官・学・金融が一体となり、高岡市民自身の手でまち作りと地場の産業振興を行っていくためのプラットフォームを目指します。http://www.crep4.com/(2013年6月開設予定)

一方のEpiphany Worksは、林口さんのそんな活動領域の拡大に伴い、東京オフィスのスリム化を模索することに。その中で、HAPONとの出会いが生まれたのでした。
次回の『HAPON人インタビュー』では、東京―富山の2拠点生活。そして、やりたいことをしながらお金を稼いで生きる、そのために必要な力とは何かについてお伺いします。
ご期待下さい!
(インタビュー・文:西端真矢)

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